• TOP
  • ブログ
  • 【社員インタビュー】怒っても、そこから先は何も生まれない——実家の八百屋から機械の道へ

【社員インタビュー】怒っても、そこから先は何も生まれない——実家の八百屋から機械の道へ

2026.09.01

PEOPLE / 製造主任

怒っても、そこから先は
何も生まれない

Y主任

怒ったところで、そこから先は何も生まれへん。
できるだけ、そういうところは出さない方がいい。

お話を伺ったのは、入社10年目を迎えるY主任。中学卒業後、15年近くを実家の食品店で過ごし、30歳を目前にして機械の世界へ移られました。少し変わった経歴を持つY主任に、これまでの歩みと、日々の仕事で大切にしていることをお聞きしました。

サッカー、柔道。そして中学を出てから実家の店へ

ーー本日はよろしくお願いします。しっかりした体格をされていますが、何かスポーツをされていたんですか。

最初はサッカーをやっていました。その後すぐくらいに柔道を始めて。柔道を始めたら、もうブクブク太っていく感じでしたね(笑)

ーーリバテックに入られる前のお仕事も教えてください。

前職は食品販売です。八百屋のような、スーパーのような店を実家でやっていまして、そこで働いていました。祖父が始めた店で、60年ほど続いていたと思います。

ーーどれくらいの期間、お店に立たれていたんですか。

中学校を卒業してから、ずっとです。高校には通いながら、それでも店の仕事は続けていました。28か29歳で辞めることになったので、15年くらいでしょうか。

ーー転職を考えられたきっかけは。

自分から「転職しよう」と思ったわけではないんです。店を畳むことになりまして。父には父でやりたいことがありましたし、設備も古くなってきて、これから投資して回収するのはしんどいと。それなら、畳めるうちに畳もうという話になったんです。

ーーご自身で店を継ごうとは思われなかった。

しんどい仕事ですし、そもそも大手のスーパーがいっぱいありますから、個人の店で対抗していくのは難しいので。

山を越えて、奈良のポリテクセンターへ

ーーお店を畳まれてから、どうされたんですか。

職業訓練で、ポリテクセンターの機械科に通いました。もともと工業高校に行っていて、機械は学校で少しやったことがあったんです。だから、そういう方向もいいかなと思って選びました。

ーー通われたのは、どちらのポリテクセンターですか。

奈良です。大阪だと、なかなか窓口に入られへんかったので。奈良と言っても山を越えたらすぐでしたから、それならそっちへ行こうと。実家の大阪狭山から峠を越えて、車で40分か50分くらいでした。

ーー授業はいかがでしたか。

本人次第だと思います。手当が目的で来ている人もいましたし。授業自体はちゃんとしていました。

ーーリバテックとの出会いは。

コースの最後に、企業へ実習に行く仕組みがあったんです。向こうが用意してくれた会社に行ってもいいし、自分で求人から探してきてもいい、という話で。たまたま求人が出ていたリバテックを見つけて、応募しました。家から近かったからです。そんな安易な感じですよ。

第2工場から第1工場へ。手動機も、自動機も

ーー入社されて、最初はどちらの工場に。

第2工場です。今は倉庫になっているところですね。そこで、今は第5工場でやっている仕事をやっていました。旋盤などです。

ーー第1工場へ移られたのは。

入社してから2、3年してからです。夜勤を回さなあかんとなって、人が足りないので来た、という感じでした。そこからはずっと第1工場で、自動機を6年ほど担当しました。

ーー手動機と自動機、どちらが向いていると感じますか。

僕は別にどちらでも。両方それぞれです。手動機は止めたらその分だけ数が落ちますし、自動機はある程度ほっといても勝手に加工してくれる。検査の人がいれば、それで回りますし。どちらがいいかは難しいところです。

ーー今は第4工場におられますね。どちらを担当されているんですか。

今はほぼこちらなので、手動機ですね。大きな手動機です。ただ、同じ数をやっていたら結局は脱着作業になりますから、動きとしては基本的に同じですよ。

ーーこれまで、大きなミスをされたことは。

自分ではないと思っていますけどね。今のところはないです。

ーー仕事中に、余計なことを考えてしまうことはありませんか。

考えているところはありますよ。ただ、そこまでのことはないです。そうならないように気をつけています。

淡々とやれる人が、いちばん強い

ーー今担当されているローターの工程は、検査が難しいと聞きます。

いや、難しくないです。やらなあかんことをやっていたら、どうってことはないです。

ーーどんな方が向いていると思われますか。

淡々とやれる人ですね、ある意味。言われたことを、ちゃんと普通にできる人であれば、いけると思います。

ーー逆に、難しいのは。

自分で自分の可能性を最初から狭めてしまって、「自分にはできひん」と思ってしまうようなタイプですね。繰り返しの作業なので、あまり先入観を持たずに、同じように淡々とやることができれば、たぶんいけるんですけど。

怒っても、そこから先は何も生まれない

ーーY主任が、職場で怒ることはありますか。

会社では、あんまり怒っても仕方ないなと思うようにしています。同じ会社の社員ではありますけど、突き詰めれば他人じゃないですか。怒ったところで、そこから先は何も生まれへんやろなと思うんです。

もちろん、間違っていることはちゃんと言わなあかんと思います。ただ、感情を出してしまうと、たぶんお互いにしんどい。できるだけ、そういうところは出さない方がいいかなとは思っています。

ーー職場では、どなたとよく話されますか。

誰とでも、という感じですけど。今いる第4工場のメンバーは付き合いも長いので、やりやすいですね。ある程度言っても何も思わへんし、冗談も通じますから。ベテランばかりなので。

経験の有無は関係ない

ーーこれから入ってくる方には、どんな人が向いていると思いますか。

やる気があって、「こんなことをやってみたい」と挑戦する気持ちがある人ですね。それさえあれば、あとは何とかなると思います。

ーー未経験でも大丈夫でしょうか。

全然いけます。今まで違う職業をやっていた人でも、最初に教えてもらったことをちゃんと理解して、覚えておけばいけると思うので。経験があるかないかは関係ないです。そこから先は、自分が努力するところだと思いますけど。

ーーリバテックの魅力は、どこにあると思われますか。

ちょうどいい規模の会社なので、上の人との間に難しい関係性のようなものがないところですね。いろんなことを言ったり、聞いたりしていけると思います。

【編集後記】

中学を出てから15年間、実家の店に立ち続け、そこから機械の世界へ。畑違いに見える転身を、Y主任は「そんな安易な感じですよ」と笑って振り返ります。
派手な言葉はひとつも出てきませんでした。ただ、目の前のことを当たり前にやり続ける——その積み重ねが、10年にわたって現場を支えてきたのだと思います。機械への向き合い方にも、人との接し方にも、同じ落ち着きがありました。