一番苦しかった時期が、
一番の自信になった
S主任
あの極限の時期を一度越えたから、
今はどれだけ忙しくても「あの時に比べたら何とでもなる」。
お話を伺ったのは、入社17年目を迎えるSさん。MT(マニュアルトランスミッション)からAT(オートマチックトランスミッション)まで、長くブローチ加工の最前線を歩んできました。決して平坦ではなかったこれまでの歩みと、一度どん底を経験したからこそ手にした強さについてお聞きしました。
「家から近い」——一通のハガキが決めた入社
ーー本日はよろしくお願いします。まずは、カワテックに入られるまでの経歴を教えてください。
私がカワテックで働き始めて、今年で17年目になります。社内に残っているメンバーの中では、かなり長いほうですね。大学を卒業してから、最初の2年間はプレス機械の専門メーカーで働いていました。今のカワテックにも一部プレス作業はありますが、前職は本当にプレス加工だけに特化した会社でした。
ただ、労働環境の面でどうしても納得できないことが重なりまして。会社側と何度か話し合ってみたものの改善されず、「ここで働き続けるのは難しい」と判断して2年で退職しました。
ーーその後、カワテックを選ばれた決め手は何だったのでしょうか。
実家のある三重県名張市の近くで、次の仕事を探していたんです。ちょうどその頃、「地元で働きませんか」という求人のハガキが届きまして。実家から近い場所で働きたかった私にとって、それが決め手になり、入社を決めました。今、社内を見回しても、家から近くて通っているメンバーは多いですよ。
レバー加工1週間から、MT、そしてATへ
ーー入社されて、最初はどのようなお仕事を担当されたのですか。
最初に担当したのは「レバー」という部品の加工でしたが、それはわずか1週間でした。人手が足りないということでMTのブローチ加工ラインに移り、そこから本当に長い間、MTブローチ一筋でやってきました。
そして2〜3年前からは、人の配置や体制の都合で、ATのブローチ加工と「LS」という工程を担当しています。
「LS」という工程——外注帰りの一本を、社内で仕上げる
ーー「LS」とは、どのような工程なのでしょうか。
「LS」は、外注先で焼き入れなどの処理を終えた製品を、社内で最終仕上げ(追加加工)する工程のことです。実は昔は「M2」と呼んでいたんですが、いつからか「LS」という呼び名に変わっていました。由来ははっきりしないのですが、業界や主要なお客様との共通言語として使われているのかもしれません。
ーー複数の工程を見ていらっしゃるのですね。
ATのプレス加工や高周波の工程も同じ管轄なのですが、そちらには専任の担当者がいます。ですから、その担当者と「あっちのラインはどうなっているか、こっちはどうするか」とやり取りをしながら、全体を見ています。長くMTを担当してきたからこそ、工程どうしのつながりが見えて、こうした調整ができるのだと思います。
一番苦しかった時期が、一番の自信になった
ーー17年の中で、特に印象に残っている時期はありますか。
実は何度か、本気で「辞めよう」と悩んだ時期もありました。いちばん厳しかったのは、コロナ禍の前のことです。大口のお客様からマニュアル車のスプライン加工などの仕事が、一気にカワテックへ移ってきた時期がありました。
現場は極めて忙しくなり、当時は十分な応援体制もないまま、ほとんどのプレッシャーを一人で受け止めているような状態でした。移ってきたばかりで、まだカワテックのやり方に慣れていないメンバーの指導も、すべて私が見ていましたから、完全にキャパシティを超えてしまったんです。毎日仕事に追われ、家に帰っても会社で言われたことが頭から離れず、夜も眠れない。精神的に、本当にどん底まで落ち込んでしまいました。
ーーその状況を、どうやって乗り越えられたのですか。
今振り返ると、あの時期を乗り越えられたのは、間違いなく周りの仲間のおかげです。もともと私は、人に弱音を吐くのが得意なほうではありません。それでも、もう一人ではどうにもならないところまで来てしまって、思いきって上司や会社の先輩に胸の内を打ち明けたんです。そうしたら、いつの間にかその話が周りに伝わっていて、ある日、まったく別の部署の人から「お前、大丈夫か?」と声をかけられて、びっくりしたこともありました(笑)。
一人で背負っているつもりが、本当は一人じゃなかった
正直、最初は「広まってしまったか」と気恥ずかしさもありました。でもあとから思えば、それだけ多くの人が私のことを気にかけてくれていたということなんですよね。忙しい現場を手伝ってくれる人、廊下ですれ違うたびに「無理すんなよ」と声をかけてくれる人、ただ黙って隣で一緒に汗をかいてくれる人——。一人で全部背負っているつもりでいたけれど、本当は一人じゃなかった。そう気づけたことが、何よりの支えになりました。
そうやって仲間に助けられたからこそ、今度は自分が、しんどそうにしている後輩の変化に誰よりも早く気づいてやりたい。あの時にしてもらったことを、今の若いメンバーに返していきたいと思っています。
ーーその経験は、今のご自身にどう影響していますか。
あの極限に忙しく、精神的にも追い込まれた時期を一度越えたことは、自分の中で何より大きな自信になっています。今はどれだけ忙しくなっても、「あの時に比べたら何とでもなる」と前向きに構えられる。二度と経験したくはないですが、あの日々があったからこそ、今の自分がいると思っています。
現在の仕事は、当時と比べればずいぶん落ち着いています。でも、人はどうしても楽な環境に慣れてしまうもの。だからこそ、あの頃の気持ちを忘れないように、と自分に言い聞かせています。
【編集後記】
一番苦しかった時期を「今の自分の一番の自信」と言い切るSさん。その言葉の裏には、どん底で支えてくれた仲間の存在がありました。
「一人じゃなかった」と気づいた経験を、今度は後輩へ返していこうとする姿に、技術だけでなく“人でつながる”カワテックの現場の温かさを感じたインタビューでした。